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人生の中に必要な助けは全部、1つだけの元にあります。
「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。」(ヘブライ人への手紙4章15~16節)
友よ、大司祭はあなたを待っておられますよ。完全な助けと支えになるお方なんです。なぜなら、天国から降りられ、私たち人間と一緒におられたからです。イエスは肉となって、「わたしたちと同様にあらゆる試練に遭われたのです」が、それでも私たちと違って「罪を犯されなかった」のです。
罪とは、この世にある失敗と痛みの原因です。よくあるのは、私たちの決断による結果ですが、落胆された世界に住んでいる影響で苦難に会うこともあります。ですが、それでも、キリストはあらゆる場合に完全な助けになります。
同情してくださるお方
キリストは同じ試練に遭われたの私たちの弱点を知っておられます。なので、私たちが失敗を持ってきて助けを求める時、キリストは怒ったり見下したりされません。ということで、私たちは「大胆に恵みの座に近づくこうで」、受け入れていただく確信を持つことができます。
近づくことができることによって、「恵みにあずかって、時宜にかなっ助けをいただく」もできるのです。いつだって必要になる恵みも、それと一緒に歩める力が全てそこにあるんです。
パウロも助けがびっくりするほど必要だったのですが、「力は弱さの中でこそ十分」と神様がそこに恵みと力が完全な助けになると分かりました。
あなたには、神様の恵みが圧倒できるものなんてありません。私たちを上げて力を与えることはどんな状況でもできるのです。
ですが、これは信じる者にだけある祝福です。一方で、神様を侮辱するまたは無視する者、自分で人生を課題を解決するのができると思う者にその決心が許されています。そして、伴う損失がその並に大きいです。
近づく者には、神様が助けてくださいます。
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