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8月 12, 2026 10:00am
虚しい偶像と生きる神
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おばあちゃんはいろんなコレクションをしています。お皿、鈴、陶器人形、ティーポットなど、おばあちゃんは何だって持っています。その中で最も気に入っているのはガラスの鳥です。

家の中にあちらこちらありますが、一番多く置いているのは寝室の窓台に多彩のお揃いがあります。

おばあちゃんは日光が通るところを見るのが一番好きです。その日鳥が訪問して、日光に座ってさえずったりするのを想像します。でも、でうしても本物の鳥じゃないです。

どんなに本物だと願っていても、永遠にただの置物のままです。ただ人が作った物だけなんです。ちっとも命がありません。

テサロニケの信徒への手紙を考えてみましょう。パウロはテサロニケという偽宗教が多い町に住むクリスチャンを励ますために手紙を書きました。

町のどこでも人は偶像を崇拝していました。ですが、人が作って商人が幸運や財産や妊孕性や守りを与える約束で売る、ただの物でした。賛美する神の象徴だったのですが、その象徴自体も人が崇拝していました。

どれだけ本物の神で約束されたことをもたらすと信じていても、そうにはなりません。人間が作った偶像に過ぎないのです。ちっとも命がありません。

そして、唯一の生きておられる神を始めて聞くと、偶像を捨てました。

テサロニケの信徒への手紙一1章9~10節

「彼ら自身がわたしたちについて言い広めているからです。すなわち、わたしたちがあなたがたのところでどのように迎えられたか、また、あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになったか、更にまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを。この御子こそ、神が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りからわたしたちを救ってくださるイエスです。」

パウロはこのメッセージで唯一の神様への信仰を思い出させる目的です。神様は人間が作った偶像じゃなくて、生きておられる神なんです!ただ幸運と守りを得るように願う対象じゃなくて、本当に存在されていて、本当に生きておられる神なんです!それからパウロはイエスが実際に復活されたように、確実にまた世に戻られると伝えます。その時は、罪を審判するためです。

この罪まみれの世に下る審判から私を救える者は、イエスだけです。イエス・キリストを信じる人だけその罰から救われます。

テサロニケのクリスチャンはその虚しい偶像を捨てて信仰を得ることで褒められたのですが、私たちはどうなるでしょう?

偶像は、必ずしも木やガラスでできる象徴じゃないです。むしろ、神様の代わりに信頼する物事ならなんでも偶像になれます。

キャリア、高慢、助け、宗教的行動、自我。救われるためにイエスの他に何かを信じると、そのガラスの鳥と同じです。イエスがなければ、全てが虚しいのです。

ヨハネによる福音書15章5節
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」

詩編20編7節
「戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが我らは、我らの神、主の御名を唱える。」

あなたは何を信じていますか?その信じる対象は、約束を守りますか?父なる神の罪に対する怒りから救えるのは、イエスだけです。

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