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8月 21, 2025 11:00am
神様の臨在で安堵をもらえる苦難
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今週、私によくある健康問題がまた現れて、結局1日入院することになりました。私は無事に回復して、またお薬をもらいましたが、疲れとだるさの副作用があるものです。私が働くキリスト教団体では新しいリーダー研修取り組みが始まったばかりなので、また健康の問題があったせいでとても気が抜けました。

しかし主は、今まで私の人生に何回もしてくださったように、また恵みによって新しい約束をしてくださいました。その約束は、「あなたがたを強め、悪しき者から守って下さるであろう。」(テサロニケ人への手紙二3章3節)、と「主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせて下さるように。」(5節)

スポルジョンという神学者はテサロニケ人への手紙二3章5節についてこう言いました。ゆっくり読んでください。

「神の愛に導かれるとは教わる限りで特別なことです。私たちの目の前に美しい園庭があります。壁を上って中身を観じて、門の前で滞在して黄金の林檎が入るかごを頂く。まさに欣快な場面である。どんな者でもこの園庭の近くに過ごして極楽の楽しみを味わうことが望ましいでしょう。ただし、尚更招待をいただき、鍵が開いて門が開くを見て神の国の中まで案内されることがそれよりです。神の愛まで導かれるこれこそが人間の望になります。なんとその望みを思い入ると身に感じられるでも。神の心を教わってからすべての中心になる重要性を思い知って神の愛に入ります。神の愛は救済をはじめ神様からいただくすべての元、その中心になる泉と基礎である。

ハレルヤ!スポルジョン氏は真の愛である神様の臨在に入ることについて語ります。その招待はキリストから継続的で完璧に届きます。イエス様は私たちにその臨在に入って、終わりなく交わりと祈りに参加する招きをされています。今でも神の臨在に戻づく人生ができます!それより喜びと満足になることはないでしょう。

私の体が弱める経験は、神様から私の力不足に気が付いて代わりに神様の力、守り、そして愛が十分なこととキリストの勝利を認めるチャンスになります。こんな経験がなければ、私は神様に戻ることはめったにないでしょう。

今回のエピソードでまた諦めたい気持ちになってしまいました。私はそこに忍耐性がまったくありません。しかし十字架に付けられて辛抱しましたキリストは恥を知らず勝利をして、今私の中に臨在しているのです!

神の愛により深く過ごせて、より必要なことを頂いて力を持って周りの人にその愛を分け合うことができます。私に来る苦難は私の中にいるキリストが背負ってくださいます!その苦難はただ神の臨在に入る招待だけです。毎日毎日、賛美を上げて神の道を歩めばそれで良いです。

Copyright © 2025 by Bill Elliff @ billelliff.org. No part of this article may be reproduced or reprinted without permission in writing from Lifeword.org