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学校の春休みが近づいて、私たちは旅行の計画を立てているところでした。山の谷に行って滝など大自然の眺めを楽しむ目的です。絶景に着くハイキングトレイルもたくさんあるところです。でも、そのトレイルには険しい箇所もあります。
最初には何も心配なくて、長く人に使われる小さな道でした。進みながら大自然に感動するばかりです。そると少しずつ道が山の中に上がって、一緒にいる子供たちが遊ぶ声も上がっていました。私は表では笑っていましたが、実は心が圧倒されていたのです。
皆の喜びと楽しみは私になくて、代わりに恐怖と心配ばかりでした。
一歩ずつ、私は誰かが滑って山から落ちないかとずっと想像していて、とても怖かったです。何回も自身を落ち着かせようとして、道を集中するようにしてみましたが、
滝に着いた時までには、あまりにも怖くて体が震えていたのです。
フィリピの信徒への手紙4章6~7節
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」
この聖書を読んで、私はパウロに「言うだけが簡単だよ」と言いたくなりがちです。ですが、パウロこそが心配になる状況をよく知っていました。彼がキリストと福音を伝えるために働く影響で、ケンカを売ってきたり、たたいたり、殺そうとしたりする人が続々現れます。そして、この手紙を書くところまでも、
なんと牢屋の中でした。
パウロは心配になるのだったら当然な理由がたくさんありました。なのに、それに関わらずフィリピの信徒に励ましの言葉を送りました。
私たちも、心配の気持ちに応えて祈りましょう。そうすると、キリストの完璧な平和が心を満たして、守ってくれます。
私もそのトレイルでそうするべきでした。頭の中に怖いことを考えるばかりじゃなくて、キリストを見て祈れば良かったです。
あなたも平和を求めていますか?心配や恐怖で心がいっぱいになって、人生にまで影響になっていますか?
そうであれば、イエスを見ましょう。
彼は裏切られて、逮捕されるまでの時間がわずかでした。何が待っているか、彼はよく分かっていました。ローマ帝国の囚人に対する扱いがどんなのか、そして受難がどうなるか知って置いていました。
そしたら何をしたかと思いますか?
彼は祈りました。
神様に、どうにか試練から助けてもらうように祈りました。そして、これしかないのなら、受ける決心を身に着けました。
心配と恐怖が出てくる時、イエスに祈りましょう。彼は罪に勝利して、私たちにも勝利をくださいます。
頂く平和は、全ての知識の上にあります。
あなたはイエスと関係がほしいですか?もっと詳しく話しましょう。彼のことと新しい人生について勉強できますので、follow.lifeword.orgを御覧ください。イエスと出会う瞬間より大切なことはこの世にありません。
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