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11月 02, 2026 10:00am
まだ仕事がある
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園芸とはどういう想像になりますか?

種を埋めて、水を与えて、成長を見張りながら肥料をかけて雑草を抜くイメージでしょう。そんな世話をして、時間になるとできた実を取ることもあります。

そして、もう一度サイクルが始まります。

ガーデンの世話する人が世の中にたくさんいて、感想はそれぞれです。基本的なところならほぼ賛成しますが、細かくなると水の量や肥料の種類についてや、害虫の対処し方など色々な意見があります。

一部の人は、できるだけ詳しくなりたくて、花の構造など科学的な話しをします。

でも、そういう話しをした後は、仕事がまだあります。

知識だけ集中すると園の世話を忘れてしまいます。

何かに似ていませんか?

テモテへの手紙一1章3~7節

「マケドニア州に出発するときに頼んでおいたように、あなたはエフェソにとどまって、ある人々に命じなさい。異なる教えを説いたり、作り話や切りのない系図に心を奪われたりしないようにと。このような作り話や系図は、信仰による神の救いの計画の実現よりも、むしろ無意味な詮索を引き起こします。わたしのこの命令は、清い心と正しい良心と純真な信仰とから生じる愛を目指すものです。ある人々はこれらのものからそれて、無益な議論の中に迷い込みました。彼らは、自分の言っていることも主張している事柄についても理解していないのに、律法の教師でありたいと思っています。」

当時、テモテはエフェソスにいました。ギリシャの影響が深いところで、知識や哲学を大事にする文化になっていました。

それによって、一部の人は間違っている教えを教会の中に広げていました。理論的な考えで神の御言葉が教えると違うような言葉です。

原因は明らかに、その人がキリストじゃなくて自分を集中していたのです。

その知識で議論するばかりなのに、福音を聞いていない人が外でたくさんいました。

仕事があるのに忘れていました。

何かに似ていませんか?

知識はもちろんいいことですよ。神様のことを知って、聖書によってどのように信仰をもって歩むべきか学ぶのはとても重要です。

しかし、知識を増やすことばかり考えると周りの人より偉いと思い込んで傲慢になる恐れがあります。

神学的な議論するとよりクリスチャンらしく見えると思い込んで、いつの間にかその知識が生み出すべきの成果を忘れてしまいます。

愛。信仰。服従。イエスを示す人生。

細かいところについて勉強することに何も悪くありません。でも、ガーデンについていわゆる知識があるだけでガーデンが咲くわけじゃないです。

そのためには必ずいつか仕事しなければなりません。

弟子の育成も同じです。

福音をまだ聞いていない人は大勢にいます。

励ましが必要な心とイエスの希望が必要な人生がたくさんあって、共に歩む人はまだたくさんいます。

仕事がまだあります。

キリストの弟子私たちは、新しい弟子を育てる使命があります。

種を蒔き、水を注ぎ、世話をする使命です。

そして、成果を神様にまかせる使命です。

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