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10月 21, 2026 10:00am
リードする人への確信
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「よく頑張ってるね。」

交代の人を励ますつもりで誉め言葉を言い出しましたが、
心の中にはとても辛い気持ちがありました。ずっと育んで磨くものを他人に渡さなければならない時と辛くなりますよね。その人も自分並に丁寧なケアをしてくれるかと信頼することです。まるでリレーレスのバトンタッチのようです。
時が来たので、
彼女に確信を置くことにしました。

彼女も、研修が全くないわけじゃなかったですし、私が用意した表計算、データベース、案内書、全てを彼女に渡しました。私も新しい人を雇って研修する時間が十分あるために早めに知らせしましたし。念のために、私が離れた後でも彼女に質問などあった場合連絡できるように準備もしました。
でも、私がどれだけ準備していても、彼女にまかせる時は必ずいつか来るのです。私は離れて、代わりに彼女がリードしなければならないのでした。
彼女に確信を置くことにしました。

私はなんでもコントロールしたいという癖がありますが、彼女ならできるはずでした。案内するのは私だけじゃないですから。気をかける上司がいて、その人から成功と計画の進捗の元がありました。
私たちは、気持ちを入れた物事から離れることが難しいですが、
それに関してテサロニケの信徒への手紙二3章3~5節を見てみましょう。
「しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。そして、わたしたちが命令することを、あなたがたは現に実行しており、また、これからもきっと実行してくれることと、主によって確信しています。どうか、主が、あなたがたに神の愛とキリストの忍耐とを深く悟らせてくださるように。」

この手紙は、パウロがテサロニケの若い信徒に書いたものです。パウロはその人たちに神の言葉、どのようにイエスに従うかのこと、そして教会の組織について教えました。そして今、その人が教わったことに踏まえて暮らして使命を果たす確信があると伝えました。
なぜでしょう?
テサロニケの信徒は信仰に対する迫害が激しく、嘘を真実として広げる偽教師もいました。誘惑も、騙しも、質問山ほどあるはずでした。
なのにどうやってパウロは確信を持っていたでしょうか?
その理由は、彼だけがリードしているわけじゃないのでした。
信じる人には、真の案内者聖霊がいてくださるからです。私たちに真理の見分け方、知恵に基づく決断、そして神に関する理解があるように助けてくださいます。

私たちも信仰の歩みの中、いつか長く教えて育成してくれた人がいなくなるかもしれません。それでも、私たちは教わった真理を覚えて暮らして、天国の働きを果たすために才能を使わなければなりません。
なぜなら、聖霊が最大のリーダーであるからです。
ヨシュア記1章9節もこう言います。「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。』」
また、イザヤ書41章10節もこう言います。「恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助けわたしの救いの右の手であなたを支える。」

箴言3章26節も、こう言います。「主があなたの傍らにいまし 足が罠にかからないように守ってくださる。」
そして最後に、テモテへの手紙二1章7節もこう言います。「神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。」
主に、自分も自分に教えてくれた者も導いてくださると信じましょう。聖霊の働きも信じましょう。
そのお方はあなたの中に働いてくださるのですから。

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