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7月 21, 2026 10:00am
心から
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Blonde child holding parent's hand outdoors, symbolizing love and protection.

「父さんがまだいたらな…」

誰でも、父親に認めてもらいたい気持ちがあると思います。

子供の頃には、「パパ見て!」を何回も声かけてまた凄いことを見せようとして、段々大きくなる中、学校の成績や賞を見せて「よくやったな」と言ってもらうようにしますね。

でも、必ずいつかパパが亡くなります。

私のお父さんが亡くなった日は、私の心に穴ができたような気持ちになりました。中がとてもよくて、お父さんが天国にいると分かっていたが、それでも悲しみが重かったです。

今も、毎日私は「父さんがいたらな」と思うことがあります。

孫に会うため。

私の家族を見るため。

農場で過ごして犬の世話に手伝うため。

ライフワードでの働きを見るため。

娘が夢の叶った生活を送っているところを見るため。

私は今43歳だけど、いまだにお父さんに認めてもらいたい気持ちがあります。

でも、それよりさらに強い気持ちがもう一つあります。

「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい。あなたがたは、御国を受け継ぐという報いを主から受けることを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。」(コロサイの信徒への手紙3章23~24節)

心から行うこと。

つまり、全てをささげて行うことです。息も、心の全ても。

これこそ、人生の流れになっているはずです。神様に認めていただくためじゃなくて、すでに神様の者であるだからです。私たちはキリストを通して愛と恵みと守りを得ています。そして天国の子供になっているから、人生を賛美にしたいためです。

もちろん人生の中には悲しむことがあります。

仕事の応募が落ちたこと。

もらえなかった昇進。

他人が得る賞。

スポーツチームの一員にならなかったこと。

関係がない人が被る冠。

言われなかった褒め言葉。

また、人生をかけて世話を頑張った子供が「ありがとう」と言わないこと。

それでも、生き続けましょう。

歩み続けましょう。

仕え続けましょう。

愛し続けましょう。

そしてその全部、心から行います。

主へのささげもので。

人の誉め言葉が目的だと、悲しむ結末だけが待っています。人に認めてもらうのは思う通りにいかないことが多く、すぐに消えてしまいます。

ですが、父なる神は誠実な行動全て見られております。

静かな犠牲。

服従の決心。

心からの贈物。

そのご計画に参加する機会。

そして、愛による行為。

そのことによって私たちの人生が甘い香りのようになります。

そのことで、神様の栄光をささげます。

そしていつか、ただ1つの誉め言葉が残るのです。

「忠実な良い僕だ。よくやった。」(マタイによる福音書25章23節)

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