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4月 15, 2026 10:00am
死んだ後はどうなるか
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Serene view of Kyoto gravestones, capturing cultural heritage and respect.

なんで、ほとんどの人は死ぬ時が怖いでしょう。

最もの理由はその後にどうなるかが分からないというのかもしれません。遊園地みたいに、人が後で戻って感想を教えるものじゃないですし。

でも実は、死ぬ時その瞬間も関係があります。

神様のことを信じていない人には、死んだ後どうなるか様々な考えがあります。多くの人は、死んだ後に何もなくて、命がただ消えていくだけと思います。

この人生しかないという考えになります。

カウントダウンの中ににいて、できるだけ目的を達成するか、快適な生活を送るようにするか、自分自身の満足に働くべきという考えです。

神様のことを信じない人には、死ぬ時が怖いのは当然だと思います。

でも、信じる人には死ぬ時が終わりじゃなくて、始まりです。

キリストは、信じても信じなくても全ての人に死んだ後の命を約束しました。しかし、キリストの救いを拒否した場合、その命は地獄で過ごすことになります。キリストを信じる人は、永遠に神様と共に天国で過ごすのです。

キリストへの信仰によって、この世における人生の考えが大きく変わるんです。

ただ儚いものだと気づいて、
救いが天国への道だけじゃなくて熱心で主に従うものだと思うようになります。
意味になるのは、イエス・キリストの福音、それだけです。
私たちは真実だと分かるから、宣べ伝えるチャンスを探したり周りの人に向けて伝え方を考えたりします。
「十分良い人になる」という考えをやめて、代わりにキリストが成し遂げたことで安堵になります。
死まででも、神様の愛から切り離すなんてできません。

キリストの信者は、死を恐れる必要がないと分かるから熱心で大胆に主を仕えることができます。

フィリピの信徒への手紙1章20-24節

「そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。だが他方では、肉にとどまる方が、あなたがたのためにもっと必要です。」

パウロは、福音の力がよく分かりました。その影響で、彼自分自身も完全に変わりました。元々ファリサイ派で、撲滅のつもりでクリスチャンを迫害していました。ですが、イエスに出会った瞬間、真実が分かったんです。神様の御前では罪人で、イエスを信じることだけ救われるのです。応えて、パウロは神様の聖書を読んで、旧約聖書の聖句全部がイエスに救い主だと示すと分かりました。それから、主を仕えると誓いました。

パウロも、人間皆に来るように死が彼自身にも来ると分かっていました。でも、それと同時に死んだ後も命があると分かっていました。イエスが確実にそうだと見せたからです。イエスは死んで3日間お墓に入れられた後、死に勝利して復活しました。そしてその後、昇天して今父なる神の隣におられます。その結果、信仰と悔い改めで御前に行く者は全て死に勝利するんです。信者私たちは永遠に天国で過ごします。

だから、あなたに質問があります。死んだ後が怖いですか?

怖いのだったら、なんでですか?

永遠はどうなるか分からないからでしょう?今でも、疑えなく分かることならできますよ。救い主が必要な罪人だと信じると、その救い主になるのはたった1人です。イエスが神の子であり、十字架で命をささげたことが罪の報いを払ったと信じれば良いです。聖書によると、イエスが主だと心で信じて口で宣言すると救われます。

あなたはそうしましたか?

人はそれぞれ、死ぬ時がいつ来るか知りません。でも、死ぬ時は必ず来ます。そこに良い知らせがあります。死ぬ時を怖がる必要なんてありません。今日、永遠の住まいに確信を持つことならできます。

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