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1月 26, 2026 10:00am
正義の価値
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聖書の全体は神様に従う正義の人生にどのくらい価値があるか教えます。神様は常に、高く売れる真珠や平原に隠れる宝物のように知恵のある正義が悪なる不正とどう違うか私たちに思い出させてくださいます。

私たちは正義という善良にされる状態はキリストとの関係によってしかできません。その死と復活によって、そして私たちの内なる聖霊の命を通して私たちを聖神にしてくださいました。キリストがいなければ完全に正義な神様の御前で聖神になる者はいません。そして、キリストと関係になっている者なら内なる聖霊から常にある協力を素早くしてもらうことによってできる、神と人の間の正義や神聖の成長は、キリストがいなかったとしたらそれを体験することもないです。

ですが、神聖の成長とはそれで何ができるでしょうか?なんで心の全てをかけて追求するくらい価値があるでしょうか?

正義からの結果6つ
正義からの豊かな収穫については箴言12章に箇所があります。次のがその一部です。箴言の言葉が不正に比べることによってその価値が見えてきます。

「神に逆らえば、固く立つことはできない。神に従う人の根は揺らぐことがない。」(箴言12:3)

他は足元が不安定で風で飛ばされても、神様と共に正しく歩む者は元が正義だから倒れません。状況を変えたり離れたりする必要がありません。日常まで安定があります。

「神に従う人の計らいは正義。神に逆らう者の指図は、裏切り。」(5節)

「密雲と濃霧が主の周りに立ちこめ正しい裁きが王座の基をなす。」(詩編97:2)これが神様の本当の性質です。だから、共に歩む者にも同じ正義が訪ねます。神様に従って歩む者はこの正義を人生の中に実現します。決まった目的で、決まった場所にいて正しいことをする選ばれた者になります。

「神に逆らう者は覆って滅びる。神に従う人の家は耐える。」(7節)

神様に逆らう者はいつも問題の原因を作り出して、そこから大きい不安定も生まれます。その一方で、正義の者は長続きする家、人生、そしてミニストリーを作り出します。何があるとしても作ったものはなくなりません。

「神に逆らう貪欲は、悪人らを捕える網となる。神に従う人の根は実りを与える。」(12節)

怠ける者は他人の努力で暮らしたいのですが、正義を持つ者は信仰によって真面目に働きます。その人生に成果があります。ダビデ王のように手も心も成果を出します。人生にわたって、神様、周りの人、そして自分自身の祝福になって長続きする物事を作り出します。

「悪人は唇の罪の罠にかかる。神に従う人は苦難から逃れ出る。」(13節)

神様に逆らう者は真実を捻じ曲げて騙すために嘘つきます。口から出る言葉はその人自身の罠になります。その一方で、神様に従って周りの人を平等に扱う者は言葉も行動も正義があって恐れることはありません。他人が陥れようとしても、その非難に元がありません。

「命は慈善の道にある。この道を踏む人に死はない。」(28節)

命は必ず神様に見つかります。イエスは自分に対して「わたしは道であり、真理であり、命である」と言いました。(ヨハネ14:6)そしてヨハネは「御子と結ばれている人にはこの命があり、神の子と結ばれていない人にはこの命がありません」と言いました。(ヨハネの手紙一5:12)

キリストが恵みによって正義を私たちわけてくださるとも、私たちがキリストに積極的に従うことによって個人的な正義が成長していくとも信じる中、神様の命をますます体験してきます。ブドウの木であるキリストは枝である私たちを通して自分自身を現わせて、大きな成果と命を結びます。そして父なる神のご臨在と喜びを経験することも周りの人に命を広めることも私たちの喜びになります。

人生の中、どう考えても追求する価値がないものはあります。でも正義なら、千万の宝が待っています。

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