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3月 09, 2026 10:00am
天国の例外
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私は使徒言行録12章を読む度、必ず感動します。ヤコブとペトロは囚われて、ヤコブがヘロデ王の指示によって死刑を受けました。そしてペトロが次の番になるはずです。なのに、その続きは私が「天国の例外」と呼ぶ出来事があります。

「こうして、ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。」(使徒言行録12:5)

ペトロは「牢に入れられていた」のです。私たちも、周りに似ている状況になる人もいるでしょう。それか、あなたこそが牢に入れられている状況かもしれません。(少し時間を取って、そういう人が知り合いの中にいないか考えてみてください。)

希望が見えない絶望的な状況ですが、たった1つの道があります。それは、「祈り」です。ペトロには、祈ることができる「教会」がありました。その人たちは祈ることによって神様に状況を捧げたのです。祈り方も見てみましょう。それは、

継続的:
一回だけじゃなくて、続けることでした。祈り続ける姿です。

ペトロ個人に対する祈り:
「必要な者に祝福を」のように大雑把な祈りじゃないです。1人の男に思いを向けて情熱で祈っていました。こんな祈りは、神様が答える時すぐに分かるのです。

熱心:
生半可な祈りじゃありません。「祈るね」と口で言うだけで実際にしないのではないです。その人たちが捧げた祈りは熱心でした。

権威のある:
教会の他には、イエスの聖名にかけて王座の前で神様に願いをする権限がある者はいません。教会が持っている祈りによる約束は他の者にありません。そして、祈る責任は教会の他にありません。

向かう:
その人たちは、風や偶像などじゃなくて、全てを創造して世界の王を御手で支える神様に祈っていました。神様は、何があったって対応ができます。

そして、今回も対応してくださいました。

この話しの続きでは、神様が教会の祈りに応えて起こした奇跡があります。
鎖が外れて、天使がペトロを案内して、門が自分で開いて、番人を無事に通ることができて、教会がビックリして喜んで、そして神様に賛美がありました!そんな状況でも、起こらなければならない全てを神様が力で成し遂げました。

「祈り」を捧げるだけでなんというすごいことになるでしょう!

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