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1月 05, 2026 10:00am
その名を眺めよう!
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子供には、名づけることがとても大事です。時として、赤ちゃんが生まれる数か月前から若い両親が名前を決めます。選びたい名前とその意味についてじっくり考えるのです。

しかし、赤ちゃんが生まれてからしか良い名前が思い浮かばない場合もあります。例えば、私と妻はは、8人の子供の中に1人には生まれた2日後まで待って名前を付けました。ただ名前を付けつくしたかと思う人もいるかもしれないけれど、私たちは名前がとても大事と思うからこそ良い名前を見つけるまで待っていたわけです。名前とは人の定義になり、そして本性を現わす場合もあります。

イエス様が生まれた時代では、父親だけ赤ちゃんに名づける権利がありました。しかし、ヨセフはイエスに名づけませんでした。なぜなら、すでに天国の父から名前があったからです。永遠から神様はその子を知っていました。ヨセフは、天国から来た天使のメッセージに従って神様と協力しただけです。

「ビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイによる福音書1章20-21節)

イエス
「イエス」という名前、ヘブライ語では「ジョシュア」、は「神からの救い」や「救い主」の意味をします。天使はヨセフに、赤ちゃんが生まれて、人生を送って、そして死んでから復活するために来るからこそこの名前になると説明しました。

他の者ならなりきれない救い主は、主ならなれたからその名前になりました。私たち自分の者を罪から救ってくださいます。「我の魂とキリストの繋がりになるのは、私が善良ではなく私が邪悪であること、私に価値があるではなく私に憂いがあること、私の身分が高くてはなく私の身が落第していること、私に豊富があるではなく私に貧困があることです。そしてキリストは自分の者に対して、美を鑑賞するではなく欠陥を消すため、美徳に報いるではなく罪を赦すためにおられます。」(スパージョン、スパージョンスターディバイブル、1281ページ)

どこまでキリストが私たちを救ってくださるか考えてみましょう。

原罪の汚れからも、
日々犯す罪からも、
冷めた心で意図通りに犯す罪や考えずに犯してしまう罪からも、
一生の罪による断罪からも、
そして永遠の罪の存在からも。
あなたはキリストを信じていないのだったら、キリスト教が言う「救われる」ことが気になるかもしれません。「救われるって何?不思議」と思うかもしれません。「何から?私だって救いが必要ない」と言うこともあるでしょう。ですが、そう言うには、罪があなたにしたことと今もしていること、つまり神様が作ってくださったあなたを汚して直せない切縁を起こしているとまだ気づいていないわけです。

生まれてから原罪があることも意図通りに罪を犯すこともあって、その報酬が永遠の死であることだとまだ分かっていないかもしれません。もしかして、今までしてきた良いことで同時に犯してきた何十万回の悪いことを消したことで大丈夫になっているかもしれません。実は、最も重たい罪は、神様があなたを救うために送らせてくださった独り子を断ったことです。自分自身の救い主になれると思って、独り子を無視した罪です。

私たちの救い主
ですが、恵みによってキリストに呼ばれて、落ちているままで御前に行って謙虚をもって救われるように声を上げて、そして今聖霊を内に持っていてキリストの家族に入って跡継ぎになったと証しを立てる者は、その名に賛美を上げます。なぜなら、次の素晴らしい真実を知って、経験して、そして人生を変えていただきましたからです。

「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」(使徒言行録4章12節)

何という救い主でしょう。我々の主、イエス!

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