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8月 19, 2025 15:30pm
神様は「止まりなさい」と言われる時
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私は卒業してから5つのテレビ局に応募しました。履歴書とオーディションテープを4つの近いところに送りました。(ジョンズボロ、リトル・ロックの2つ、そしてメンフィス。)その上に、夢のハワイテレビ局にも送りました。したっていいんじゃないでしょう。

後でジョンズボロのKAIT局から電話がかかって、面接に参加することになりました。その数週間後、私は契約を組んでそこの記者になりました。

夢のようでした。

小さい頃、テレビ見れるチャンネルはKAITとPBS、2つだけでした。しかしPBSは雑音や砂嵐が多くてあまり見れなかったです。なので、KAITこのテレビ局が私の子供の思い出になっていました。私の机が有名なアナウンサーさんの隣だと教えてもらった時はあまりのワクワク感でした。だって、誰でもそうなるでしょう?

ワクワクする気持ちと達成感の中でも、その後考え直す出来事がメールで届きました。

契約を組んだ2週間後、そのメールが届きました。リトル・ロックのテレビ局は面接をしたいと連絡しました。

夢のような感覚は一瞬で変わってしまいました。

このチャンスを流したら損になる?あっちの方が活躍できるのか?

給料もあっちが高かったです。経験を重ねる何年も待ってからついにオファーをもらうこともあるのに、今回は大チャンスです。都会の仕事で視聴者が多かったてす。キャリア進歩や働くやり甲斐につながるだろう、と私がそう思いました。

でも待って。私は一体何を考えているでしょう。

その時、育った街と家族、そしてそこにある人の話を振り替えました。それがこの仕事をしたい理由でした。なので、私は決断しました。

すでに契約したテレビ局に残ることにしました。記者の仕事は都会じゃなくてもできます。私がほしかった機会はすでにジョンズボロでできました。

コリント人への手紙一7章17節「ただ、各自は、主から賜わった分に応じ、また神に召されたままの状態にしたがって、歩むべきである。これが、すべての教会に対してわたしの命じる「ところである。18召されたとき割礼を受けていたら、その跡をなくそうとしないがよい。また、召されたとき割礼を受けていなかったら、割礼を受けようとしないがよい。19割礼があってもなくても、それは問題ではない。大事なのは、ただ神の戒めを守ることである。
20各自は、召されたままの状態にとどまっているべきである。21召されたとき奴隷であっても、それを気にしないがよい。しかし、もし自由の身になりうるなら、むしろ自由になりなさい。22主にあって召された奴隷は、主によって自由人とされた者であり、また、召された自由人はキリストの奴隷なのである。23あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。人の奴隷となってはいけない。24兄弟たちよ。各自は、その召されたままの状態で、神のみまえにいるべきである。」

コリントの信徒者が混乱していた質問はパウロが答えます。そのコリント人がキリストに信じ始めた時、大きくて不要な変更をしたかったです。重要なことは伝統を守るんじゃかくて、キリストに従って御業を果たすことでした。パウロは、その場にも仕えることができると伝えました。不当で危険なところじゃなければ、そこにあるのは大切なものとパウロがコリント人、そして私達、に教えてくれます。

私達はよく、他のところだとできる神様により良い働きができると思い込んでしまいます。ですが、

神様は今のあなたを今のところで仕事を与えてくださいました。

職場でまだ神様を信じていない人がいませんか?親戚の中では?今の生活で神様に仕えることができます。あなたはキリストに救われた時、心に大きい変更がありました。今のままで神様に仕えてください。

生活の変わるところはもちろん神様の計画です。そこに新しい仕事があります。しかし、その変わるところは神様が決めることです。

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