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1月 13, 2026 10:00am
目の前に隠れていること:聖書に潜んでいる真実を発見する
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「始めて気づいたな」と思いました。

「夜のカフェテラス」とは、1888年フィンセント・ファン・ゴッホが描いた絵画です。その絵画を一度見ると、町の道での美しい夏の夜が広がって、人がテーブルで集まって暖かい光の中に食事するように見えます。

しかし、またよく見ると最初に気付かなかったところが見えます。

テーブルで座って食事する男たちの人数。
真っ白な服で給仕するウェイター。
ウェイターの後ろにある窓。

ある学者によると、作家と歴史的背景を考慮した上で作品を見ると、潜んでいる意義が見えてきます。

座っている12人が使徒を代表する可能性。
ウェイターの後ろにある窓が十字架に見えること。
真っ白のウェイターが使徒12人に給仕するイエスの象徴になる可能性。

この目線で作品をもう一度見る私は、「始めて気づいたな」と思いました。

そして今朝も、聖書を読む中同じ体験をします。

ガラテヤの信徒への手紙4章21-31節は印象に残る対比があります。パウロは、キリストへの信仰の上にユダヤの律法に従わなければならないと思う人を対処します。その考えに反論するため、アブラムとハガルとサラの話しを参照にしました。

そうしてパウロはハガルが象徴する、律法に奴隷のような人生と、サラが象徴する、神様の約束によって自由になる人生を対比します。女性2人で2つの約束を現わします。人間の努力で奴隷になる元になる約束と、天国の約束と自由の元になる約束。

神様は一夫多妻を許しません。男性1人と女性1人の間にできるように設計しました。だけど、人類に自由意志があるため、神様の設計に合わない選択をよくします。その事例の一つはアブラムが自分なりに神様の約束を実現する決断です。

それにしても、神様は間違った選択と不十分な人を使って偉大な計画を果たします。そして私たちは聖書を通してその果たしが見えます。

聖書には、比べになる本が他にありません。神様の生きている御言葉です。1ページずつ、歴史や愛情や戦争や裏切り、そして贖いで溢れるストーリーが展開します。あなたには他に憧れる作者さんや作品があるかもしれないけど、聖書のように作者のあなたに対する愛を表す本は他にありません。そして深く関われば関わるほど、神様のことと神様の中にいる私たちのことがはっきりと理解できます。御言葉は生きています。御言葉は私たちの中に働きを果たします。御言葉は私たちが人間のようからキリストのようになるために変えてくれます。

どれだけ長く聖書を呼んで学んでも、読む中驚いて「始めて気づいたな」とためらう時は必ずやってきます。

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