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道路工事に疲れているのは私だけでしょうね。
予約に向かっている途中で工事が一番多い気がします。見慣れている看板があって、それから待ち時間が増えます。そして、道路がデコボコでその上に運転するのが一苦労になります。
その工事は、古い素材を外して新しい舗装を付ける作業です。たまには道を真っ直ぐようにすることもあります。前の道が曲がっていたが、新しい道が真っ直ぐです。
道路工事が不便ですが、それでも結果に価値があるんではありませんか。
私はある日、父と義理お母さんを医者に連れていく間に工事済の道路を通りました。父はその時、円滑で楽と言いました。穴がなくて、運転が易しくなっていました。本当に愉快でした。
ルカによる福音書3章4~6節
預言者イザヤの書にあるとおりです。「荒野から叫ぶ声が聞こえる。『主の道を準備せよ。主が通られる道をまっすぐにせよ。山はけずられ、谷は埋められ、曲がった所はまっすぐにされ、でこぼこ道は平らにされる。こうして、すべての人が神から遣わされた救い主を見るのだ。』」
洗礼者ヨハネは伝道を始めました。神様の命令によってメシアがいらっしゃると伝え始めました。その時代は、王が来ると使者が予め伝えに行きます。
そこには王の王がいらっしゃるところでした。そしてヨハネが使者になり、メッセージは神様の働きに覚悟することでした。
イエス様と出会う前には、私たちの人生はその古い道と同じのようです。そして、イエス様に従うことを決めると、心の工事が始まります。すぐに終わって大変なところがない工事ではありません。イエス様はずっと働いて、古い素材になる罪を外して私たちを変えます。苦労になる時もあり、私たちが終わりを待ち望みますが、結果を思い出しましょう。私たちが真っ直ぐになります。これからも大変なことがあるでしょうが、私たちの舗装が新しくなります。そこに価値があります。
イエス様に従うことを決めて、工事を始めましょう。
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